三原城隍廟は全国で保存が最も完全な明清時代の建築群の一つです。明代の洪武8年(1357年)に建てられた宮殿式建築です。言い伝えによると、城隍は古代神話で城池を守る神で、後に道教に信奉されました。三国時代から清末まで歴代王朝は廟を建てて祭祀を行って来ました。唐代の名将李靖(三原人)を祭っています。建築様式から見れば三原城隍廟は楼、殿、廊、庭、坊、亭など40余りの建築を均衡対称の方式で主要・副次の順番によって縦横の中軸線に造られました。五つの廊庭はお互いに重なり、両側に深く伸び広がります。線には門三つ、鳥居形の門四つ、殿楼五つがあります。廟と門が相応して、戯楼、鐘鼓楼、献殿、拝殿、陪殿、寝殿などの主要な建築はそれぞれ特徴があり、我国古代建築の「平面輪郭正規」の特徴を現していて、全体の配置は合理的で、厳密な構造・適切な間隔を持ち、図柄が古風優雅です。
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